○総決起大会<2009.06.29>
6月29日 その日は私にとって51回目の誕生日。
区民プラザ アプリコ大ホールは1000人の入りです。
鈴木あきまさ連合後援会総決起大会は、大勢の後援会、各種団体、友人でいっぱいになりました。
会の冒頭、石原慎太郎知事から「大変厳しい選挙となる。私の秘蔵っ子である“あきまさ”を頼みます!」と激を飛ばしてくれました。
佃浅専務の杉原義朗さんの奥様である弥栄子さんから「かけがえの無い地元の代表である“あきまさ”さんを失うわけにはいきません!」という心からの叫びに会場がひとつとなりました。
○激戦<2009.07.12>都議選を終えて
開票日23:10 永井大田区議会議長から私の携帯電話に第1報が入りました。「あきまさ 大丈夫だぞ!」
続いて大田区幹部から「9番目の民主候補とだいぶ票が離れました!まちがいないでしょう!!」
私は20時過ぎから、苛立たしくてかんでは飲み込んでいた「ビタミンCグミ」の缶を握り締めて天に向かって突き上げました。
水井選対委員長から「バンザイはNHKの当確が出てからにしよう。」と言われ、しばらくして、、
23:30 TVの画面に“当確”が打たれました。
選対本部事務所いっぱいに集まっていた後援会幹部、支援者がいっせいにはじけました。
「ヤッター!」
「バンザイ! バンザイ!」
○最新<2009.07.23>
鈴木あきまさ 20,586票 “まさに あきまさ党”の皆様のかけがえの無い票の重みを痛感しています。
都議会自民党副総務会長という役員であること、私が勝つことで石原都政の4年間の評価をしっかりと示したい。
そして、2016年東京オリンピックを招致して、環境先進都市東京を実現しよう!
6月4日選対本部を訪れた麻生総理を前に私は後援会幹部に訴えました。
その事がことごとく逆風となり大きく私の前に立ちはだかったのです。
“政権交代”という4文字スローガンは巨大な“魔人”となっていきました。
しかし、私は、あきまさ党の皆様のお陰さまで勝つことができました。
これからも『信じ!念じ!動く!』をモットーとして、残る2年間の石原都政を支え、当面する都政の諸課題に全力で取り組んでいきたいと思います。
いまだ経験したことのない少数与党として、8月7日 臨時議会のゴングが鳴る。













